朝筋トレは7割達成でございます。
朝入酸素は7割達成でございます。
朝我が家の宗派浄土真宗本願寺派の読経は百%は実行したのでございます。
親鸞先生バンザイ🙌でございます。
法然先生バンザイ🙌でございます。
我が家の再興は間違い無しでございます。
我が事業の成功は間違い無しでございます。
源頼朝は、源平合戦の功績により武官の最高職近衛府の右大将兼務従2位に指名されたのでございます。
そして源頼朝は、源平合戦の功績を理由に朝廷に対して各國に対して守護職と地頭職を設置する事を要求したのでございます
その要求の仕方が真に礼儀作法を失った方法でございました。
先ずは源頼朝の代官として、北条時政に対して5千騎馬を軍勢を引き連れさせて京都に上ったのでございます。
守護職と地頭職の設置を武力行使の威嚇によりて、朝廷に認めさせようとしたのでございます
朝廷では公卿詮議をしたのでございます。
しかし北条時政の軍勢は、軍事集団でございます。
後白河天皇陛下の沙汰で軍勢をかき集めても、朝廷に奉職している侍階級と比叡山延暦寺や三井寺の僧兵や街中のならず者【あんちゃん連中】位しか集まる事が無いとの結論に達したのでございます。
そして北条時政は、5千騎馬の軍勢を源氏館に待機させて朝廷と交渉したのでございます。
その結果各國に守護職と地頭職の設置が決まったのでございます。
ところが各國には、朝廷の地方出先機関である国府が存在したのでございます。
また各寺院や神社は、各國に領地を数多所有していたのでございます。
その朝廷や寺院や神社の領地を鎌倉幕府の御家人として赴任した守護職や地頭職は武力行使によりて奪い取ってしまったのでございます。
しかし鎌倉幕府の御家人は、武力行使を生業にする軍事集団でございます。
朝廷や神社や寺院の僧兵が、倒せる相手ではなかったのでございます。
次第に朝廷や神社や寺院の領地は、守護職や地頭職に侵食されたのでございます。
この朝廷や寺院や神社の恨みを晴らすチャンスが到来したのでございます。
そのチャンスが後鳥羽天皇陛下が起こした鎌倉幕府打倒の合戦でございます。
後鳥羽天皇陛下は、源平合戦により安徳天皇陛下が退位された為に宮に残っていた三宮様と四宮様が後白河天皇陛下の面接試験を受験したのでございます。
三宮様は、後白河天皇陛下を観ると泣き出してしまったのでございます。
一方で四宮様は、後白河天皇陛下を観ると懐かし姿で近づきなさったのでございます。
後白河天皇陛下は、四宮様を抱きしめて四宮様こそが我が孫だと云って即位されたのでございます。
人間は愛嬌が大切と云います。
天皇陛下に即位するのも、兄三宮様を差し置いて弟の四宮様が即位したのでございます。
後々の後鳥羽天皇陛下でございます。
私自身も愛嬌が無いと云われるのでございます。
私自身は武家出身者でございます。
武家出身者は、愛嬌が無い為に明治維新の時に武士階級を失くし生きる糧を失ったのでございます。
我が家も、その部類に入るのでございます。