2020-10-01から1ヶ月間の記事一覧

楽市楽座

私の好きな戦国武将は、あの織田上総介信長であります。私は若い頃に織田上総介信長の居城である、岐阜城に裏口から登った事がある。嶮しい山道を草木をかき分けかき分け登って行った。すると山の上から誰かが近づいて来るではないか。良く目を丸くしてみる…

法務

日本国には法律を扱って生業にしている職種がたくさんある。私の先祖も江戸時代には、佐賀鍋島藩に於いて勘定奉行職の介として経理事務の実務を担っていた。我が先祖は、とある地域の地頭職であり鎌倉幕府を開いた源頼朝公に加勢した功績により地頭職に任命…

生活

生活は苦しい限りである。あらゆる伝手をかき集めて辛うじて身体を維持しているのが現状である。その結果として先祖の墓参りは疎か、親類縁者とも疎遠になってしまった。そこで起死回生の秘策を思い付いた。それが屋号占いによる屋号の変更である。それから…

北条早雲

北条早雲が初の戦国大名として名乗を果たした。北条早雲の素性は怪し気だった。ところが室町幕府とゆう権威に奉祀している列記とした武士であった。それも身分も役職も高く、室町幕府の申次衆という各地域の守護職大名の要望を室町将軍家に取次をするという…

武家

八幡太郎義家とは、源義家の通名であり生え抜きの貴族たちは八幡太郎と呼び名を聞いただけで背筋が寒くなった。我が先祖も源氏系統であり、八幡太郎に付き従っていた郎党であった。我が先祖の兄貴分に近江国の名門である佐々木判官とゆう武士がいた。この佐…

武家の棟梁

源義家は、源氏の嫡流の家柄であり血筋が良い。しかしながら貴族とはいえ軍事貴族であり、藤原家を頂点とする文官貴族には到底太刀打ち出来ない状況だった。そこで源義家は、父親に頼み込んで奥州探題と陸奥国の国司を所望した。貴族たちの本心は、軍事貴族…

武家の棟梁

芋と言えば、オナラが付きものです。私も芋農家の三男坊でした。しかし芋農家の跡取りが嫌で嫌で仕方がなかった。でも石焼き芋は大大好きでした。在る日、石焼き芋を食べ過ぎて救急車で病院に担ぎ込まれた事もあった。次の日は当然の事柄ではあるが学校は休…