令和3年11月16日快晴の事

1・朝バナナ100%達成する事が出来ました。
朝2時30分に起床して、朝バナナを実行する。



2・朝筋肉トレーニング
朝余りにも早く起床したので、我が尖兵布団で二度寝する事。
二度寝するのは、とても良い気持ちでございます。

6時30分に起床してダンベル10キログラムを両方で10回ずつ上げ下げする事。



3・朝入酸素運動70%達成する事。

昨日は、入酸素運動を縄跳び30分実行してしまい疲れ過ぎて寝込んでしまいました。


そこで今日は、コンテナを置いて降りたり昇ったりと昇降運動を30分間実行する事。

縄跳びよりも、昇降運動のほうが入酸素運動に合致しているようでございます。


4・ライフコンサルタントの学習50%は実行する事が出来ました。

私自身は自営業者でございます

自営業者は、学問する事が仕事でございます。



5・我が家再興の事&我が自営が急上昇気流に乗る事200%は実現可能でございます。



6・南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏・現世利益和讃。親鸞先生バンザイ。
他力本願でございます。



私自身が、戦国武将で一番に尊敬する人物は我が先祖の領地を頂きまんまと35万石の国主に収まった鍋島弾正忠家でございます。



我が家の惣領家は、一時的に九州地区の3分の1を領地に組み入れる程に勢力圏を拡大したのでございます。


しかし余りの食べ過ぎにより、武士でありながら馬🐎に乗る事が出来ず腰に乗り合戦場に参加した為に島津&有馬連合軍に首を討ち取られたのでございます



そして惣領家を失った我が一門衆は、家臣筋でありながら知力&武力行使を兼ね備えた鍋島弾正忠家を執政官に指名したのでございます。



丁度我が惣領家が、島津&有馬連合軍に討ち取られていた時に豊臣秀吉が九州地区に来ていたのでございます。



鍋島弾正忠家は、我が一門衆の代理人として豊臣秀吉との折衝に心を砕いたのでございます。



豊臣秀吉は、鍋島弾正忠家の事を大いに気に入ったのでございます。


そして在る時に、鍋島弾正忠家に云ったのでございます。




鍋島弾正忠家を重く用いた亡き主君は、どれほど能力者であったかが理解出来ると云ったのでございます。



その理由は、鍋島弾正忠家を重く用いた事が亡き主君は人を観る目があり優れた武将だと褒めたのでございます。



我が先祖は、あの豊臣秀吉から能力者だと褒めた人物でございます。



地頭職を鎌倉幕府から拝命して
足利将軍家からも引き続き地頭職を拝命する。



そして戦国時代に突入すると一時的とは云え、島津&大友氏と肩を並べるほどの大将に出世する事が出来たのでございます。



しかし余りの体重増加の為に、武士でありながら馬🐎に跨がる事も出来ずに腰に乗り合戦場に参加して首を討ち取られてしまったのでございます。



その結果、我が先祖は家臣筋の元で足軽大将5石取りの身分に陥ったのでございます。