糖尿病疾患者令和3年11月16日快晴の事

1・糖尿病疾患者は辛いものでございます。
毎食500キロカロリーを目標達成に日夜筋肉トレーニング&入酸素運動&食事制限&炭水化物抜きダイエット&ブラックコーヒー&加工食品カット&朝バナナ&千葉県九十九里海岸通りの散歩等々!実行する事は数多存在するのでございます。


1・昼間バナナ100%達成でございます。
バナナを食べる事は、我が館の冷蔵庫を開けてバナナにかぶり付くだけでございます。



2・昼間筋肉トレーニング60%達成でございます。

やはり10キログラムのダンベル100回は、幾ら武家出身者の自分自身でも無理でございます。

剣道1級の腕前では、巷のあんちゃん連中位しか倒す事は無理でございます。


3・昼間入酸素運動30%は達成でございます。

今日は、トランポリンでの上下運動を30分間実行したのでございます。

血糖値が急激に上昇気流に乗らないように日夜努力しているのでございます。



4・我が先祖の再興&我が事業上昇気流に乗る事。

何事も、上昇気流に乗ると思えば乗るのでございます。




6・南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏・現世利益和讃。親鸞先生。他力本願でございます。



真田左衛門尉幸村は、関ヶ原の戦いで父親と一緒に西軍の石田三成に味方したのでございます



しかし関ヶ原の戦いの顛末は、豊臣秀吉と縁続きでございます小早川秀秋の裏切りによりて徳川家康方の大勝利に終わったのでございます。



その後真田幸村親子は、高野山に軟禁されて父親の真田昌幸は生涯を終了したのでございます



そんな時に、真田左衛門尉幸村の元に大阪城から使者が到着したのでございます。



使者は、真田左衛門尉幸村に対して豊臣秀頼方の陣に参陣するようにとの使いでございました


しかし真田左衛門尉幸村は、大阪夏の陣大阪冬の陣徳川家康の命を取る寸前まで追い詰めたのでございます。



でも徳川家康の陣内は、徳川家譜代大名親藩大名に固められていたので射殺す事が出来なかったのでございます。



真田左衛門尉幸村は、死に場所を求めて山の中をさ迷い歩いていたのでございます。


その目的は、左平治と云う最後まで真田幸村の側近くに付き従っていた家臣筋をさ迷い探し求めていたのでございます。



そして奇跡が起きたのでございます。


何と真田左衛門尉幸村は、山の中をさ迷い歩いていた左平治を探し求める事に成功したのでございます。



そして二人は、古寺に腰掛けて昔の物語なとを語り合ったのでございます。


私自身も、綺麗な看護師さんと道の駅で車中泊&キャンプ⛺を貼りながら語り合いたいのでございます。



しかし振られたので期待不可能でございます。