そして同じく美作国の地方役人であり徴税担当者明石と云う武士の不正を知ったのでございます南無阿弥陀
しかしながら明石と云う武士は、法然先生の父親に逮捕される前に何と夜討ちを決行するのでございます南無阿弥陀
そして法然先生の父親は抵抗はしたのではございますが、武運が尽きて死にそうな状況だったのでございます南無阿弥陀
其の時の一部始終を観ていた人物が存在したのでございます南無阿弥陀
其れも若干5歳でございます南無阿弥陀
自分用の弓矢を引き絞り明石を目掛けて弾いたのでございます南無阿弥陀
其の弓矢は明石の顔面に命中するのでございます南無阿弥陀
御大将明石が顔面に傷を負った為に一家一門衆は逃げ帰るのでございます南無阿弥陀
しかしながら法然先生の父親は傷が悪化して亡くなるのでございます南無阿弥陀
そして法然先生は父親の遺言書に従い比叡山延暦寺天台宗の坊主に成るのでございます南無阿弥陀
そんな時に京都を歩いていると時の摂政関白殿下と出逢うのでございます南無阿弥陀
すると時の摂政関白殿下が法然先生に対して深々と挨拶するのでございます南無阿弥陀
不思議に思った摂政関白殿下の家臣筋が聴いたのでございます南無阿弥陀
殿様は何故に小僧さんに挨拶するのでしょうかと聴いたのでございます南無阿弥陀
すると摂政関白殿下は云うのでございます南無阿弥陀
あの人物は将来的には相当な高僧に成る人物だと云うのでございます南無阿弥陀
そして法然先生は現在の浄土宗を開いたのでございます南無阿弥陀
因みに我が宗派浄土真宗本願寺派を開いた親鸞先生は法然先生の弟子なのでございます南無阿弥陀
しかしながら親鸞先生は列記とした生え抜きのお公卿さんなのでございます南無阿弥陀
今現在風🍃に逆行するように浄土真宗本願寺派の頭は、何と親鸞先生に繋がる家筋でございます南無阿弥陀
南無阿弥陀
南無阿弥陀