令和五年10月20日のお勤めでございます南無阿弥陀

我が宗派浄土真宗本願寺派のお勤めでございます南無阿弥陀

 

南無阿弥陀法然先生ありがとうございます南無阿弥陀

 

南無阿弥陀親鸞先生ありがとうございます南無阿弥陀

 

どうした鍋島は面白いでしょうか?南無阿弥陀

 

鍋島家と云うのは、近江國は佐々木家の分家筋でございます南無阿弥陀

 

佐々木家と云うと源氏系統の源頼義源義家父子が、陸奥國の謀反人阿部氏を討伐する家筋でございます南無阿弥陀

 

そして源義家父子に付き従う連中に佐々木家が存在するのでございます南無阿弥陀

 

しかしながら源義朝が没落すると、家臣筋の佐々木家も一緒に沈没するのでございます南無阿弥陀

 

ところが没落した源氏系統の源頼朝が、何と妻北条政子の協力により道が開けるのでございます南無阿弥陀

 

そして遂に源頼朝鎌倉幕府を創設するのでございます南無阿弥陀

 

因みに我が先祖は源頼朝から九州地区の佐賀荘園地頭職を拝命するのでございます南無阿弥陀

 

またまた佐々木家は、源頼朝の側近中の側近でございます南無阿弥陀

 

源頼朝は、佐々木家の親類縁者を数多日本國の守護職&地頭職に補任するのでございます南無阿弥陀

 

そして鍋島家も九州地区は佐賀鍋島荘園地頭職に補任されたのでございます南無阿弥陀

 

詰まりは我が先祖と同じ佐賀県の地頭職に任命されるのでございます南無阿弥陀

 

しかしながら戦国期に入ると我が先祖が、九州地区の戦国大名の一角に入るのでございます南無阿弥陀

 

ところが大友氏と我が先祖は、島津家に痛め付けられるのでございます南無阿弥陀

 

其の結果は九州地区では島津家が1人勝ちの状態でございます南無阿弥陀

 

この状態を苦苦しく思った豊臣秀吉が、何と20万の軍勢で九州地区に乗り込むのでございます南無阿弥陀

 

島津家も20万の軍勢には勝つ事が出来無い旨を悟るのでございます南無阿弥陀

 

そこで島津家棟梁は頭を丸坊主にして豊臣秀吉の軍門に下るのでございます南無阿弥陀

 

しかしながら豊臣秀吉は、九州地区の分割払いをするのでございます南無阿弥陀

 

我が先祖は豊臣秀吉から嫌われてしまったのでございます南無阿弥陀

 

そこで家臣筋鍋島家を豊臣秀吉は優遇するのでございます南無阿弥陀

 

其の結果は我が先祖は鍋島家の家臣筋扱いを受けたのでございます南無阿弥陀

 

そして我が家は鍋島家足軽大将5石取りクラスの分家として暮らすのでございます南無阿弥陀

 

南無阿弥陀

 

南無阿弥陀