暑くて死にそうな事

今日は関東地区は猛暑日でございます。


昼間の気温が37℃でございます。



私自身の体温は35℃でございます。



詰まりは私自身の体温よりも、外気の気温の方がかなり高いと云う事でございます。



我が館にはエアコンが装着されていません。



我が館は、私自身がDIYしただけの小屋仕様の造りでございます。



だから雨☔が20ミリメートル以上降ると、館の中で雨漏りがして夜中中寝る事が出来ません



また雨が降ると、ムカデ殿が館の中に雨宿りするために何匹も入り込んで来ます。



昔ならばハサミでバラバラに斬り刻んでいたのですが毘沙門天の化身と云う事を知ってからはムカデ殿と遭遇しないように神仏に願掛けをしているところでございます。



また台風🌀シーズンが到来すると、我が館の手作りの屋根材が飛んで行かないかが心配でございます。



我が先祖の愛読書葉隠には、雨が降れば何も思案する事無くただ単に雨☔にずぶ濡れになれば良いと諭しています。



しかし我のような凡夫の人間は、やはり雨☔が降るとずぶ濡れになりたくはありません。



我が先祖の総大将は、家臣筋の意見を無視して飽食した結果太り過ぎで武家の乗用車である馬にも乗る事が出来ず腰に乗って合戦上で歩き回ったのでございます。



その合戦の相手方は、何と日本一の合戦上手島津義弘でございます。



この島津義弘は、関ヶ原の戦いの折行き違いにより石田三成の西軍に与したのでございます。



そこで石田三成の指図は無視して、陣から一歩も動き出す事はなかったのでございます。



そして石田三成の西軍の負けが確定した頃、傍らにいた重臣に聴いたのでございます。



東軍の軍勢で一番に血気盛んな武将は誰かと聴きました。



すると重臣は答えました。



一番に血気盛んな武将は、御大将の徳川家康殿の陣でございますと返答した。


すると島津義弘は、鹿児島から引き連れていた武将に対して一番に血気盛んな徳川家康殿の陣を掛け破って捨てよと云ったのでございます。



そして関ヶ原の戦いの合戦談議で有名な、島津家の敵中中央突破の始まりでございます。



このような勇ましい武将である島津義弘と、腰に跨り合戦する我が先祖の愚かさを身に染み渡る気持ちでございます。



また我が先祖に対して、食べ過ぎには注意しましょうと最後まで諫言した家臣筋は後々に家を乗っ取る張本人の鍋島弾正忠家でございました。



まぁ鍋島弾正忠家が居たから、我が先祖の家は戦国乱世を生き延びる事が出来たのかもしれません。




我が館も、ムカデ殿&毒虫殿&毒ヘビ殿スズメバチ殿の攻撃に耐え忍んで、東京都青梅市に行きたいです。



しかし先頃東京都青梅市を通過しました。



東京都青梅市は、道幅は狭く山に挟まれて良い平地が少ないような気持ちがします。



私自身は、広大な平地の方が好きな気がするのでございます。



やはり金銭的に裕福ならば、渋谷区代官山当たりが良いかもしれません。