平家物語に関東出身の武士でありながら、平家方の武将として参加していた武将がいた。
斎藤別当実盛と云う武士である
ところが平清盛に加勢して、手柄により関東地方に数多の領地を手に入れた。
そこで一族郎党を引き連れて埼玉の長井に移り住んだ。
関東地方に移り住んだ後は、関東地方の武士団とも親しく付き合い関係性も良好だった。
ところが伊豆国に流し者として流人生活を送っていた源頼朝が
北条家を中心に関東の武士団を団結して平家に反旗を翻した。
関東地方では土地に対する執着心が強く、近隣の武士団たちが毎回のように合戦を繰り広げていた。
ところが武家の棟梁である平家は、武士としての振る舞いを蔑ろにして武士同士の争い事に無関心だった。
そんな平家に対する不満を背景として、伊豆国に流人生活をしていた平家に対抗出来る武家の棟梁各がいた。
あの源氏の御曹司源頼朝である
源頼朝は、流人の身でありながら四位兼左衛門尉と昔の肩書を名乗っていた。
関東地方では四位で朝廷から官職を拝命している武士は余り存在しない。
関東地方の武士団は、平家一門衆に見切りを付けて源氏の棟梁源頼朝に望みを託した。
しかし平家一門衆は、宮や機内や西日本に根強い地盤を持ち合わせている。
案の定関東の武士団の中にも平家方の武士として味方する武士も少なくなかった。
その一人が、斎藤別当実盛である。
斎藤別当実盛は義理堅い男であり、越前国から関東地方に領地を持つ事が出来たのは平家一門衆の御恩と感じていた。
そこで斎藤別当実盛は、関東地方に出来た仲間の引き留めを振り切って平家方の陣に馳せ参じた。
斎藤別当実盛は、若い頃から歴然の勇者である。
しかし今は60歳を過ぎた老人である。
斎藤別当実盛は考えた。
老人が若い衆の中で先陣争いをするのは大人気ない。
そこで白髪を染めて若づくりをして参加した。
そして勇猛果敢に合戦した後に関東の畠山氏に討ち取られた。
畠山氏が首実験をしようとすると、顔形は斎藤別当実盛である
しかし斎藤別当実盛ならば、白髪頭であるはずだと云って首を傾げた。
畠山氏の大尉が云った。
とにかく白髪頭を洗ってみろと指図した。
すると黒髪は薄れて見知った斎藤別当実盛が現れた。